~具体的メリットとその仕組みについて~

島田嗣仁 Tsuguhito Shimada
RGP日本/韓国 カントリー・マネージャー
アメリカおよび日本でコンサルティング会社に30年勤務。特にグローバル案件を中心に会計システム導入、業務変革、BPO化プロジェクトなどを経験。また日本において外資系企業のCFOにも6年従事。現在は日本及び韓国のカントリー・マネージャーとして会計、販売物流、人事など広範囲にグローバル企業を支援すると同時に、コンサルタントにはグローバルにキャリアを積めるように機会を提供している。
Ⅰ章 シェアードサービスのステージ、GSS移行のメリット
グローバル化の進展において、経営管理体制も進展しつつあり、コスト低減かつ高付加価値を目指している。その実現にシェアード化を進めており、まず、I章では、シェアード化の3つのステージについて、どのようなメリットがあるか触れておきたい。後半II章では、その仕組みを実現するためのポイントについて触れておきたい。
グローバル展開におけるシェアード化の必要性
グローバル化が着実に日系企業に進展してきおり、オーガニックに自社で乗り込んでいく企業もあれば、現地企業を買収し展開する企業もある。昨今の日系企業は、成長著しいアジア展開を強化しているが、一方で経営課題も複雑化している。成長領域への拡大、新市場への参入、買収による製品やサービスのシナジー効果の追求、と収益改善を目指している。実は、現地ではそれだけに注力出来ず、経営管理体制を確立しなければならないことに直面するのである。本国で意思決定し、後押しされて進出したものの、最初から経営管理のフレームが整備されているわけではないからだ。現地では駐在員やローカル雇用の社員が本社連携に四苦八苦していて、管理体制の整備を一から始めなければならい状況を目の当たりにするのだ。
買収や進出時には、本社側が一定の予算枠を組んでいるものの、現地企業の操業に係わる投資となると、なかなか承認が下りない傾向にある。このため、現地では、身の丈に合ったサイズの経営管理体制や仕組みを何とか構築してスタートするケースが大半である。どの企業も本国のような経営管理フレームは実装しようにも無理があることに直面する。会計システム一つとっても、現地の要件が盛り込まれているPCベースで対応するのが現実路線であり、操作も現地の経理マネージャーしか出来ず、帳票類も自在に作成し難いのだ。月次報告においても、制度連結や管理連結をはじめ、様々な要求が親会社の管理本部(コーポレート部門)から飛んでくる。一方で、現地の人件費も高騰している傾向にあり、無暗に人員を増員できず、結局最後は、駐在員だけで苦しんでいる海外子会社がかなり多い。コーポレート部門や事業部の本部では、現地企業の報告内容である予測精度と差異分析の品質が低く、更に、欲しい情報がタイムリーに取れず、ジレンマに陥っている。このように、コーポレート部門や事業部のガバナンスが効いていない課題に直面している企業が多々見られる。ガバナンスが効かない状況は、自社で進出している場合でも、現地企業を買収した場合でも発生しているケースが多いのである。
ある程度グローバル展開を進めてきた企業では、売上や利益の割合を海外にシフトする傾向がある。高度な経営管理の整備には、ITを含めた経営管理インフラと人材の確保が必要であり、この実現のためにバックオフィス機能のシェアード化が必要となってくる。この傾向は日系企業だけではなく、欧米の企業においても同様であり、シェアード化は避けて通れない経営課題として現に取り組んでいる。
シェアード化には、その進化のステージを大枠で捉えると、3つのステージで進化している。最初のステージは、国内でも実践されている①シェアード サービス センター(SSC)である。次に、シェアード化の対象範囲が地域に広がり、それを統括する地域統括が設置された②リージョナル シェアード サービス センター(RSSC)である。更に、地域統括と連携するグローバルな本部組織が加わった③グローバル シェアード サービス センター(GSSC)である。(図A「シェアード化の3つのステージ」) グローバル企業がそれぞれ3段階の進化を経るには、各段階でそれなりのメリットを享受し、進化している。(図B シェアード化の特徴)
日系企業においても今後中期的には、どのように経営改革していくか、目途を立てるうえで重要である。
シェアード化の3つのステージ 1. シェアード サービス センター(SSC)
基本的には一国内での共通の業務を集約化し、業務処理効率を向上させるとともに、従来の人員よりも少ない構成で遂行させる。典型的には、経理のシェアード サービス センターや人事のシェアード サービス センターを設立し、そこで事務処理を行っているケースである。海外における例では、中国に進出する場合、拠点が多く、経営効率化のために、中国にSSCを設立し、そこで現地企業の経理や人事業務を一手に引き受けるのである。
経営管理上のメリットとしては、コスト低減と高品質な業務遂行がある。
各企業において重複する業務を一か所に集中させることで、業務が集約化され、各企業に配置された担当者の空き時間を圧縮でき、無駄の無い人員体制で業務を遂行できるコストメリットである。経理領域では、月末・月初は処理件数が多いが、月中は比較的少なく、経理だけの業務では持てあます状況にある。集約化には、業務プロセス改善(Business Process Re-engineering: BPR)が必要だが、複数の事例から総括すると概して3割程度の業務量を低減できている。
承認者や管理者が各企業に個々に配置されずSSCに集約されることで、人件費を抑制できる。単に直接従事する管理職の人件費だけではなく、管理者が少ない分、派生したコストが抑制される傾向がある。例えば、会議や報告書の数が削減されることによる作業ボリュームの低減である。
SSCには、プロセスが集約されることにより、様々な業務機能が集まることで、人材育成には、広範囲に人材をローテーションさせることが出来る。高度な領域においても、優秀な人材を育成出来る環境が整うことで、キャリアパスを明示出来るようになるのだ。これにより、現地採用の社員は、長期に就業する傾向が現れるようになる。特に、日本からの駐在員が数年で帰国してしまう企業にとっては、現地で長期に就業している人材を引き留められることは経営管理上重要である。
グローバル展開する日系の大手企業では、大抵、事業部制やカンパニー制(ここでは、「事業部」に統一しておく)を敷いており、親会社である管理本社部門(ここでは、「コーポレート」に統一しておく)がグローバル展開をコーポレートが事業上の権限を握っているわけではない。事業部側で海外進出の意思決定をし、必要なバックオフィス機能を進出企業ごとに設立している。進出段階で、コーポレートが統制を効かせているわけではないので、実は現地では、他の事業部がすでに進出しており、進出方法や事業運営でのノウハウの共有がグループ内に活用されていないことが多い。BPRを経て集約化するまでもなく、実は、現地企業の所在地を集中させるだけでも各社のノウハウを共有でき、メリットが出る企業も存在している。
2. リージョナル シェアード サービス センター(RSSC)
RSSCは、SSCで実現するメリットをより広い地理的な側面でスケールメリットを追求すべく設置される。SSCでは、基本的に一国で閉じているため、地域統括(リージョナル ヘッドクォーター:RHQ)の機能は定義されていない。SSCが進展し、更にスケールメリットを追求できる段階に至るようになれば、複数の対象国に跨った地域統括本社機能を定義し、RSSCとして設立し、運営することになる。例えば、アジア圏を一つの地域としてSSC化し、地域統括部門を設置すると、アジアRSSCに進展するのである。
日系企業の海外展開において、一国で特定の業務機能を集約して業務効率を追求できるほどの子会社数を抱えていないグループもある。この場合は、国単位でSSCを設立してからRSSCに進展するのではなく、最初から地域統括となりうる国を特定し、そこにRSSCを設立することになる。ただし、海外において一国でもSSC化を実施したノウハウがないため、言うまでもなくハードルが一層高い状況になっている。
各国を跨いだ効率的な経営管理には、横串で管理することになり、そのためには、コードや仕組みが整っていなければ、データの整合性を取るだけで、かなりの作業となってしまう。毎月、毎四半期繰り返していると負荷もかかり、無駄を排除せざるを得なくなる。そのため、経営データの受け手である地域統括本社が主導となって、対象企業を同じ経営管理フレームで敷き詰めることになる。この実現には、制度連結や管理連結向けのポリシーやプロシージャだけでなく、極力グループ内のルールを統一させ、経営効率化のスケールメリットを追求していくことになる。 このフレームの実装には、各国事情を合算するだけではRSSCとしてのメリットは実現しないのである。クリアしなければならない課題は、地域統括内での共通要件(グローバル要件)に対応しておくと共に、各国のローカル要件を同時に対応しなければならない点である。例えばアジア圏では、アジア主要7か国(シンガポール、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナム、インド)のグローバル・ローカル要件の切り分けを明確にし、対応できる仕組み作りが必要である。シンガポールはアジアで最もローカル要件が少ない国だが、インドやインドネシアなどローカル要件が多い国においても対応できる仕組みが必要である。各国のローカル要件を聖域として捉えず、極力領域を残さず、効率化を追求する基本姿勢を貫くことも肝要である。一旦、例外処理を設けてしまうと、それを契機に例外処理が増殖してしまうからである。ルールや仕組みが複雑化すると、結局はコスト高のプロセスとなり、当該地域でのスケールメリットを得られ難くなるのだ。
このため、システム化がカギとなるが、基本的にグローバル要件を明確に定義し、それに各国のローカル要件を追加で上乗せるという発想で実装していく手法が必要である。また、ローカル要件をシステムにすべて実装しないことも、システムの追加開発コストを抑制するうえで、重要な基本姿勢である。 ERPでこれらの要件を実装するには、共通で実装するデータ構成(インスタンス・クライアント)、ERPが提供するカントリーバージョンなどのテンプレート構成、期ずれ対応のための複数元帳設計、グローバル管理連結(予実管理)など、検討事項が広範囲に亘ることになる。ERPへの実装化検討は、初めて検討するグループ企業もあるが、すでに導入事例があるので、活用して早期に方針を打ち立てるべきである。
また、基幹システム投資は高額であり、全ての業務領域をERPで統一し実装するとなると、海外子会社にとっては、業務オペレーションの負荷や配賦されるコスト増の点で実現しがたい事情も考慮しなければならない。このような課題には、単に現地企業の課題と捉えて対応すべきではない。どこまで実装するのかを判断するには、経営管理の軸足をどこに置き、どのように各社を成長させるかを本国のコーポレート部門や事業部の方針を見極め、戦略を実践していくことが重要である。例えば、新規市場として位置付けた国においては、事業部や現地子会社の経営陣だけで事業計画を検討するのではなく、地域統括部門(リージョナルHQ)も加わり、成長路線か、収益追求か、布石としての企業なのか事業戦略を共有し経営管理していく仕組みを検討することが重要である。 このような状況から、コーポレートと複数の事業部が本国で地域の方針を検討するだけでは、スムーズに意思決定出来ないことがある。このため、RSSCでの地域統括部門は、各国の要件を吸収してまとめるだけのSSCではなく、経営戦略をコーポレートや本国の事業部と調整する本部機能であるという点を盛り込んでおくことが重要である。
グローバル シェアード サービス センター(GSSC)
RSSCがどちらかというと管理連結よりも、地域に根差した制度連結の高度化に主眼を置いているが、GSSCでは、より経営の舵取に係わる管理会計領域が充実することになる。例えば四半期ごとの予測管理を集計して、コーポレートや本国の事業部に報告においては、予測精度やより高度な予実差異分析が更に改善される。また、地域統括部門のガバナンスは、より地域統括部門に権限委譲が進み、必ずしも本国の事業部が、イベントごとに承認しなければ意思決定できないという箍が外れるようになってくる。これにより現地の時間軸に合った、スピード経営に一層拍車が掛かった仕組み作りになってくる。 このような仕組みを実現する手法の一つに、シミュレーション経営管理が挙げられる。これは、シナリオに基づいた経営管理であり、実績の数値を重視するのではなく、予測数値の管理にシフトすることである。これには、予測精度の向上、予実差異分析の充足、差異をトリガーとするアクショナブルな施策の検討、事業部の本部との施策の合意形成、同期が取れたアクションの実践という一連のイベントが連動していなければ、スピード経営が実現し難いのである。これら一連の意思決定を実績の数値が出てから開始するのでは、現地のスピード感に合った判断が出来ないのである。このため、予測に基づき、実績との差異が出そうな場合、あるいは、既に張り巡らせた先行指標(Key Performance Indicator:KPI)のアンテナが触れる場合、過去の例から「どのような事象が起きているはず」という仮説を立てて、予めマネジメントで共有し、「シナリオAの場合は、アクションA1を執る。」と事前に青写真を検討しておくのである。その場合の営業利益や経常利益はどのように触れるかということも算出しておくのである。例えば、原材料の高騰や為替変動など数値でシミュレーションしておき、ボトムアップでの集計に加えて、トップダウンでの想定アクションを練り上げておく管理手法である(想定数値を主眼としシミュレーションする点でキャリビュレーション管理とも定義できる)。シナリオの検討段階で、アジア地域での操業を低下させて北米地域にシフトさせる場合、どの単位でどれほどの期間シフトさせるかということを調整するには、SCM担当や工場長レベル間ではなく、最終決定を地域統括本部レベルで合意することが必要となる場合がある。このような要件の下では、調整役が必要であり、GSSCの存在意義が明確になる。 GSSCでは、各地域統括とグローバル統括本部との連携を密にとることもRSSCと異なる点であるが、当然、ガバナンスにおいても異なり、連動して、命令系統、予算策定方針、人事権においても進化している。このため、ビジネス形態や業界によりGSSCが組み込まれた経営管理組織は、様々な形式で実践されている。基本的には、RSSCではなく、グローバルの戦略実行を担う組織が必要な点がRSSCから進展している部分である。(添付C:グローバルSSCモデル)
後半においては、日本企業がGSSに進展するにあたって陥りがちな課題を取り上げ、どのように解決していくかについて触れたい。
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